住職 吉田 龍宏
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
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| 開創 | 寛政7年 愛知郡熱田中瀬町(現在の名古屋市熱田区中瀬町)熱田神宮寺山内照空上人により開山 |
| 中興 | 智賢法尼 |
| 縁起 | 尾張徳川家の祈願寺として、愛染明王並びに大聖歓喜天を勧請して愛染明王並びに大聖歓喜天を勧請して熱田神宮寺山内に照空上人により開創されました。稲沢の萬徳寺文書にも「熱田中瀬町長福寺」との記載があります。江戸時代には信者は日々増えていきましたが、明治初年の廃仏毀釈により、無住荒廃の寺となりました。 明治12年、金岩村(当時)の鈴木四郎兵衛氏が発起人となり、金岩の住民の総意により、金岩上屋敷(現在の伽藍の北東付近)に誘致移転されました。この時、熱田から移転に当たられた住職が中興第一世智賢法尼です。愛染明王並びに大聖歓喜天等諸尊を勧請し、濁世薄福の人に安楽の妙薬を与えると信仰されていました。しかし明治24年、濃尾地震により熱田より移築された聖天堂及び庫裡(くり)は倒壊。当時は村内信徒もすべての家屋を失ったため、寺の復旧に協力する余力もなく、智賢法尼の実家が材木商を営んでいたので用材を援助してもらい、家財や家具を処分して建築資金とし、独力で本堂兼庫裡を建立されました。 しかしながら、聖天堂を再建することはできず、歓喜天を同じ建物の中にお祀りしておりました。すると、銀行の倒産でお寺の資金を失い、悲嘆の智賢法尼はお亡くなりになり、借金をしてお葬式を出すことになりました。その後、弟子たちも還俗するなど大きな危機を迎えましたが、これはほかの仏神と一緒にお祀りすることを嫌う歓喜天の本意に叶わないためと考え、中興第二世蓮浄法尼は一念発起して昭和8年に至り聖天堂建設を発願し、四方の浄財によってその年の秋に完成したしました。 中興三世智照法尼は疎開児童の学童保育をした経験から、地域の要請を受け、昭和27年11月8日、宗教法人立として美和保育園を開園、その後昭和39年9月に社会福祉法人立へと移管し、現在幼保連携型認定こども園美和こども園として地域の皆様のご理解を得て運営をしています。また宗祖弘法大師1150年御遠忌記念の事業として、境内地の拡張、本堂の建立、聖天堂の移築・拝殿の整備を発願され、昭和56年11月に現在の堂宇が落慶いたしました。 |
| 伽藍 | 本堂・聖天堂・観音堂・地蔵堂・庫裡・信徒会館 |
| 本尊他 |
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~お釈迦様が現世から旅立たれるとき~
2月15日はお釈迦様が人としての生涯を終えられた日です。
この日は沙羅双樹の下で涅槃
(一切の煩悩から解脱した不生不滅の状態、転じてお釈迦様の入滅のこと)
に入られた様子を描いた涅槃図を掲げて、お釈迦様の足跡を偲びます。
この日は沙羅双樹の下で涅槃
(一切の煩悩から解脱した不生不滅の状態、転じてお釈迦様の入滅のこと)
に入られた様子を描いた涅槃図を掲げて、お釈迦様の足跡を偲びます。
毎年2月15日 9時~11時
この日はお釈迦様が荼毘に付されたとき、その御身体(骨)から五色の光が放たれたとの逸話から、五色のお団子を参詣の皆様にお配りしております。美和こども園の子どもたちもお参りに訪れます。
立体曼荼羅は、当時、最も先鋭的なビジュアルだったに違いありません。
その容姿、その色彩、その形相。どれほどセンセーショナルだったことか。立体曼荼羅を前に、平安の人々が感じた、驚き、恐れ。講堂の扉を開け、心を動かしてみてください。涅槃図一般公開〇月〇日~〇月〇日
古来より、天に輝く星々が人の運命や土岐の運勢、さらには国運の吉凶を左右すると信じられてきました。自分の生年月日をもとに自分の運勢を司る星があります。北斗七星の中の自分の運命を定める本命星、元辰星。一年ごとに自分の運勢に関わる当年星(などへの祈りが多く行われてきました。また、天変地異や騒乱が起こったときには妙見菩薩(北極星)や北斗七星全てを供養する祈?が行われてきました。
令和6年に住職の晋山の折、こうした星々をお祀りする星曼荼羅を用意し、開眼供養をいたしました。当山の星曼荼羅には次のような仏様や星の神様が描かれています。
- 中央には金輪という法具をもったお釈迦様
- その真上に妙見菩薩(北極星)とその周りに北斗七星
- さらにその周りは日月火水木金の惑星と日月蝕、彗星
- 次の区画には東洋の十二星座である十二宮、一番外側は月の通り道である白道上にある星座の二十八宿です。
- 生年月日により自分の運命を定める星やその年の運勢を司る星等かあり、星まつりでは開運吉祥を祈念します。
当山では毎年1月28日から節分まで星まつりを修行いたします。
御祈祷は星の出る夜に行いますが、その期間は曼荼羅を本堂にお祀りしております。
どなたでもご覧いただけますので、ぜひ一度お参りいただきますようご案内します。
お一人につき2,000円より
結願後、お札をお送りします
御祈祷は星の出る夜に行いますが、その期間は曼荼羅を本堂にお祀りしております。
どなたでもご覧いただけますので、ぜひ一度お参りいただきますようご案内します。
星まつり祈祷
その年の開運厄除祈願
結願後、お札をお送りします
長福寺の水子供養
水子(みずこ)は、中絶や流産、死産、 堕胎 などでなくなられた胎児のことをいいます。
水子供養は、母親のお腹の中で亡くなり、この世に生まれることが叶わなかった胎児のご供養です。
いろいろな事情により、多忙な日常の中、水子さんの存在が風化してしまい、ご供養をしないということは好ましくありません。
お一人でも安心してご相談ください。 相談する
長福寺の三十三観音
観音菩薩(かんのんぼさつ)は、人々がこの世で苦しんでいる声を聞き、色々な姿に変身して救いの手を差し伸べてくれることから「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」や「観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」と呼ばれます。『観音経(かんのんぎょう)』などの経典には、33の姿に変身できるという記述があります。ベーシックな観音様は「聖観音(しょうかんのん)」と呼ばれるそうです。


